病気と人生を前向きにしよう!

人生を豊かに生きるための残りの「七日間」死と向き合い掴んだ最高の時間

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今日、朝のTV「スッキリ」で、残された命と向き合い生きたい夫婦の、切なく悲しい、そして強く、人とを思いやっていきなければいけないと感じさせられる夫婦の物語を放送していました。

家族の絆や、思いやり、後悔ないように生きたい、残された時間をどう使うかなど、たくさんたくさん考えさせられる命の話です。。。

生い立ち

その夫婦は宮本さんといい、ご主人が英司さん、奥さんが容子さん、といいます。

 左:宮本 容子さん 中央:愛犬 小春ちゃん 右:宮本 英司さん

英司さんと容子さんは、大学1年生の時に 出会い、1972年、25歳で結婚されました。

容子さんは、結婚後は専業主婦の生活でしたが、結婚前は国語の教師を務めていたそうです。

だから心を打つ詩ができたのかと思いますが、結婚後の生活では文字を書き綴るような習慣も、趣味もなかったそうです。

日記の始まり

しかし、容子さんが晩年、病に倒れると、突然「ねぇ、私、今までの私たちのことを書き始めたの。あなたも書いて」と言い、PCへ日記を綴り始め、交換日記のような日記が始まったそうです。

夫婦の綴った「二人の物語」一部

容子さん:あなたと初めて出会った日のことを覚えていますか?

18歳の終わりころ、あなたは「社会学のノートを貸して欲しい」と言いました

英司さん:もちろん鮮明に覚えています。君は緑色のコートを着ていました

あの頃はお金がないせいもあってよく公園に行きましたね

日だまりの中で一緒にいるだけで幸せでした

周りの人の印象

周りの人からは、江戸っ子気質の容子さん、おっとりマイペースの英司さん。

チャキチャキ動き回る容子さんを、英司さんは包むようにいつも見ていたました。

容子さんはいつも家の中心にいて、家族を始め、英司さんも容子さんに頼っていました。

英司さん曰く、「私は今でも、二人が特別な夫婦だとは思っていないんですね、普通のありふれた平凡な生活を過ごしてきた夫婦だと思ってます。

ガンの宣告

容子さんは、2015年春に末期の小腸ガンを宣告され、残された余命は2年...

宣告を受けた直後の英司さんは、取り乱し容子さんへ

先に逝っちゃダメだよ!」

と手が付けられないほど、泣いてすがりついたそうです。

容子さんは、英司さんを看取るつもりでしかいなかったので、英司さんもそのつもりで容子さんに頼り切っていたんですね。

秘密のノート

容子さんにはその頃から、ノートをつけはじめていました。

最後まで、英司さんへ見せることがなかった、最後の願いが詰まったノート。

人工呼吸、胃ろうなど、延命治療は絶対にしないでくださいね」

容子さんらしい、潔いガンとの向き合い方を綴ったノートは、英司さんからの

できるだけ生きて欲しい、もし生きる望みがあるなら、抗がん剤治療を受けて欲しい」

と言われ、容子さんは、英司さんへの最後の愛情と思い、治療を受けることを決意し、容子さんの綴った、「延命治療をしない」という決意のノートを死後まで見せることはありませんでした。

先立つ容子さんは、残す英司さんを案ずることばかりをノートに残していて、容子さんがどれだけ英司さんを思っているかがうかがい知ることができました。

そして、抗がん剤治療を受け始めた容子さんは副作用で毛が抜け始め、悲しさで涙が止まらなくなっているところを、英司さんが一生懸命慰めてくれることもすくなくなかったようです。

英司さんが夢中になって、旅行を計画している様子を見ると、なんとか元気に旅行がしたい、と容子さんは願い続けたそうです。

家族旅行

体調がいい時は、愛犬の小春ちゃんを連れて、夫婦で旅行に出かけ、念願の北海道旅行にも行きことができました。

そのことは容子さんの大きな思い出になり「無事に北海道旅行に行けました。。。ありがとう。。。」と日記に綴られています。

残りの人生を一緒に楽しく過ごそうそする、英司さんの行動に、容子さんの日記の内容も英司さんを心配する内容から、感謝を綴る日記へと変わっていきました。

あなたには 心からありがとう。一緒にいられて幸せです。

改めて気付く気持ち

この時期に、英司さんの大切さ、英司さんがいるから生きられる、こんなに大切にされた日は今までにない、英司さんのために長生きしたい、という思いを募らせ、支えられていたのは自分だったことに気づいていったのです。

はじめは、英司さんを看取ると思い込んでいたため、英司さんに看病されていることが、我慢できなかった容子さんも、全てを受け入れ、英司さんへの信頼、気持ちの全てが、「七日間」の詩になったのではないか、と友人の「深山さん」は語ってます。

こうしたことが「七日間」の詩が生まれたきっかけになっていきました。

最後の七日間

そして、容子さんの体は弱り、2017年の夏頃から体調が悪化、入退院を繰り返すようになります。 徐々に体力が無くなり、ペンを握ることさえできないほどに体力が落ちていった2017年の暮れ、元気になったらやりたいことを、容子さんが口にしはじめ、英司さんは容子さんのかすれそうな声で話す「願い」をノートへそれを書き写していきました。

「七日間」

神様お願い

この病室から抜け出して七日間の元気な時間をください

一日目には台所に立って 料理をいっぱい作りたい

あなたが好きな餃子や肉味噌(みそ)カレーもシチューも冷凍しておくわ

二日目には趣味の手作り 作りかけの手織りのマフラー

ミシンも踏んでバッグやポーチ 心残りがないほどいっぱい作る

三日目にはお片付け 私の好きな古布(こふ)や紅絹(もみ)

どれも思いが詰まったものだけど どなたか貰ってくださいね

四日目には愛犬を連れて あなたとドライブに行こう

少し寒いけど箱根がいいかな 思い出の公園手つなぎ歩く

五日目には子供や孫の 一年分の誕生会

ケーキもちゃんと11コ買ってプレゼントも用意しておくわ

六日目には友達集まって 憧れの女子会しましょ

お酒も少し飲みましょか そしてカラオケで十八番を歌うの

七日目にはあなたと2人きり 静かに部屋で過ごしましょ

大塚博堂のCDかけて ふたりの長いお話しましょう

神様お願い七日間が終わったら

私はあなたに手を取られ乍ら(ながら)

静かに静かに時の来るのを待つわ

容子さん旅立ち

体調の悪化とともに、病院での容子さんは、意識がなく、ただ寝ているだけの日が、何度もあったのですが、「生きている」ことが英司さんには何よりも心強かったようですが、2018年1月19日、家族に見守られながら、容子さんは70年の人生に幕を閉じました。

大きな反響を呼ぶ

英司さんは容子さんが亡くなった後、妻を忘れたくない、忘れて欲しくないという思いから、この詩を朝日新聞へ投稿、2018年3月9日の朝日新聞に掲載され、SNSでも大きな話題になり18万件以上の「いいね」を集めました。

英司さん「何もなくなるのかと思うと、ちょっとさみしくて、みんなに覚えておいて欲しかった

が、大きな反響を呼び、新聞からSNS、TVや歌にまで広がっていきました。

「七日間」曲へ

そして、容子さんの死後、英司さんはシャンソン歌手の『クミコ』さんの存在を知ります。

クミコさんは、命に関する歌を歌う歌手で、紅白歌合戦にも出場したことがあるそうです。

英司さんは、歌声と、歌詞に引き込まれるようにファンになり、妻が書いた「七日間」の詩をクミコさんへ、「いつかこれで歌を作っていただけたら幸いです」というメッセージとともに、手紙を送りました。

歌手のクミコさんは、偶然にも朝日新聞の投稿記事を見て知っていて、すでに心を打たれていた時に、英司さんから手紙をもらったので、奇跡的な縁を感じ、「ぜひ歌わせてほしい」と返事をしたそうです。

そして、出来上がった曲が、

『妻が願った最期の「七日間」』https://youtu.be/DkUDDaq8bkQ

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愛犬の小春ちゃん

英司さんは容子さんが亡くなったことで、悲しみに売れる日々を過ごしますが、それを救ってくれたのが愛犬の小春ちゃん。

さみしくて、悲しくて涙が止まらない時は、小春ちゃんが必ずそばに来てくれて、涙を舐めてくれたのです。

しかし、その小春ちゃんも容子さんの後を追うように、2019年の春に12歳で容子さんのもとへ、今は容子さんとともに仲良く過ごしていることでしょう。

まとめ

支えていると思っていた容子さんは、支えられていたということに気付いたことで、英司さんへ全てを託し、信頼し、最後まで付き添ってくれた感謝と、溢れる愛情のまま天国へ行かれました。

しかし、英司さんが言っている「平凡な夫婦」という言葉には色々な気持ちが詰まっていたように感じます。

夫婦でいることは良い時だけでは無く、苦しい時や悲しい時をたくさん経験し、乗り越えた上での「最後の試練」が、昔の気持ちを思い出し、お互いの気持ちを確認し、最高こ時間を作り出したのだと思います。

英司さんは悲しみを抜けるには50年かかると言っていますが、その影響が、同じ環境で生きている人や、闘病中の家族を持つ人、パートナーを持つ人たちの心を打ち、大きな話題となったのでしょう。

この話を知ることができた人は、とても貴重な経験ができたことと同じですね。

人は時間の大切さや後悔を、死ぬ前に気付くといいます。

これを見て「感動した」だけでなく、行動に移してみましょう。

時に忘れるほど、辛い時や悲しいことがあるかもしれません。

でも、この話を知っていれば、持ち直せるかもしれません。

そして、そんな時は2人で一緒にもう一度この話を思い出せば、救われることがあるはずです。

筆者も、腎臓病を患い30年、腎不全になり10年以上が経ち、人生の終わりを心から感じ、1日を大切に生きるよう心がけています。

それでも、辛くて怠けたいと思う日もたくさんありますし、疑問を感じる時もあります。

でも、時間はお金と違い、増やすことも貯めることもできません。

後悔のないように、最期まで生き続けること、が人生を幸せに生きる方法なのだ、と宮本さん夫婦が教えてくれたように感じました。

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